鷹の絵


土岐氏が頼貞以来、和歌・連歌などの文芸に深いたしなみを持ち、漢詩や猿楽、舞や絵画など、文事に強い関心を持っていたことは有名なことである。
応仁の乱以前は、守護の土岐家は通常京都に滞在することが多く、京風の文化を美濃へ伝播することにもなった。
美濃へはこうした土岐氏や守護代斎藤氏の京風文化の積極的受容によって、当時の最先端の文化が伝わり、やがて独自の武家文化を形成する要因となる。

5代目守護であり、禅蔵寺を建立した土岐頼忠は、美濃明細記に「弓馬達者、鷹一流相伝、鷹の図之を描く」とあり、文事を重んじる土岐氏代々の伝統を継承していたことがうかがえる。

禅蔵寺には、この頼忠筆による鷹の絵が一幅伝えられている。紙本墨画、止まり木に止まる鷹を描いたもので、止まり木に結ばれた房のみが赤く彩色される。この房の中に「衲正筆」の隠落款が施されている。「蒼鷹(おうたか)之図」と呼ばれている。


所在】

〒503-2405
岐阜県揖斐郡池田町願成寺380−1
禅蔵寺地内


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